デジタルものづくり時代の主戦場「低空層」での戦い方ーー東京大学・藤本隆宏教授インタビュー(2)

デジタルものづくり時代の主戦場「低空層」での戦い方ーー東京大学・藤本隆宏教授インタビュー(2)
取材・文:大西由花(POWER NEWS)、写真:山﨑美津留

「IoT」や「インダストリー4.0」など、デジタル化により激動する世界のものづくりの現場でいま、何が起こっているのか。日本のものづくりは停滞していると悲観する声も耳にするが、数多の現場を見てきた藤本隆宏教授は「日本はまだまだ戦える」と主張する。デジタルものづくりの本質はどこにあり、日本はどういった戦略を取るべきなのか。藤本教授に話を聞いた。

藤本隆宏

1955年東京都生まれ。1979年東京大学経済学部卒業。三菱総合研究所での勤務を経て、1989年ハーバード大学ビジネススクール博士号取得。現在、東京大学大学院経済学研究科教授、東京大学ものづくり経営研究センター長。専攻は技術管理論および生産管理論。

デジタル技術の進歩とともに変化するものづくり

――デジタル化によりものづくりは大きく変化すると言われていますが、いま現場ではどのようなことが起きていますか。

藤本:まず言いたいのは、現代は“ややこしい時代”だということです。というのも、20世紀後半の第3次産業革命以降、世界には重さのないサイバー空間である「上空」層と、生身の人間が生活し、物理的なエネルギーが支配する重さのあるフィジカル空間である「地上」層の2つの層が存在するようになり、それぞれ異なるタイプの長期趨勢のもとにあるからです。

製造に関しては、一般的なものづくり企業の現場は「地上」に属するもので、「上空」は、米国のAmazonやGoogle、AppleなどのIT企業が牛耳っている状況です。

そしてこの時代、特に重要になるのが、エネルギー資源の限界や環境問題、日本などで急速に進む少子高齢化など地上で起こる社会課題や環境問題と、AIやビッグデータ、ディープラーニングなど上空で発展するテクノロジーをいかに健全に結び付け、地上の課題を解決していくかです。

そうした状況の中、ものづくりにおいても多方面でデジタル化が進んでいます。デジタルものづくりでは、生産現場で収集したデータを高速処理し、現場課題の改善に役立てようとします。さまざまなコンセプトがあり、その中でも「IoT」はあらゆるモノがインターネットにつながる「Internet of Things」を指します。また、「インダストリー4.0」は2011年に発表されたドイツの産業デジタル化政策で、産業IoTの普及に関する国家プロジェクトとされています。

インタビューに応じる藤本隆宏氏

2010年代に新たに出現した第3の層「低空層」

――デジタルものづくりでは、現場で収集したデータはすべてインターネットにつながることになるのでしょうか。

藤本:そうではないでしょう。現場の工程や設備からセンサーによって大量に獲得されたビッグデータがそのまま上空のサイバー層に吸い上げられ、クラウド上のAIが処理した情報により地上の工場が制御されるというような単純なモデルでは、複雑な工場はうまく動きません。その意味で現在起こっているデジタルものづくりを「IoT」とくくるのは実は不正解です。実態は「IfT」、つまりモノから情報を取ることであり、その情報をインターネットで使うとは限らないのです。

生産工程の自動化、あるいはクルマの自動運転に関しても同じことが言えますが、重さのある地上の世界でなされるミリセカンド(1000分の1秒)単位、ミクロン(1000分の1ミリ)単位の精密な制御を自動化するのはそれほど簡単ではないからです。

AmazonやGoogleなど上空の企業群もこの事実に気づいたようで、より地上に近い「低空」で分析や制御を行う、つまりユーザや端末の近くでデータを処理する「エッジコンピューティング(エッジ処理)」などの必要性を強調し始めました。地上における制御や設計の複雑さを考えれば当然でしょう。こうして2010年代、新たに出現したと私が認識するのが、第3の層である低空層です。

――低空層とは何ですか。

藤本:上空と地上の2層をつなぐ「サイバー・フィジカル・インターフェイス層」です。現場に設置されたセンサーから吸い上げられる情報を、その現場や他の工場、企業など必要な場所に振り分ける交通整理などが行われる層です。

発信機付きセンサーでモノから情報を取った後、その情報の処理をするのは、上空のインターネットやクラウドなのか、低空の工場内・工場間ネットワークなのか、あるいは地上のFA(ファクトリーオートメーション)機器類自体なのか、いくつか選択肢があるはずです。そしてその割り振りは、低空層のコントローラーや産業用PCが主に行うのが妥当ではないでしょうか。最近、エッジコンピューティングが重視されるのはそのためです。

従ってAIやクラウドなどデジタル化の時代であってもやはり、現場を熟知した作業者・技術者集団の組織能力は決定的に重要です。上空層のAIなどはそうした現場の力を補完し、増幅させる役割が大きいと思います。

インタビューに応じる藤本隆宏氏
「上空」、「低空」、「地上」のそれぞれの考え方

日本はこれから世界的な主導権争いが起きる低空層で戦える

――たとえば自動車の最終組立をはじめとする単純作業は、AIによる自動化でロボットが担うようになるなど、「AIが人の労働を代替する」といった議論をよく耳にします。

藤本:AIはあくまで人の作業を補完するものであり代替するものではないというのが、私の考えです。そうした一部の論説は、自動車の最終組立作業のように、ややもすると単純作業と呼ばれているものが、実際にはいかに複雑な作業か、現場の現実を知らない空論だと思います。

実際、日本で導入が進む産業のIoTも、現場から上がってくるデータの多くを現場で即活用するタイプのものがメインです。多くのデータは、インターネットにつなげて上空層まで上げAIに処理させるのではなく、低空層のコントローラーやサーバーにより処理され、現場力の補強に役立てられていると思われます。それが日本型デジタルものづくりの特徴とも言えましょう。

そう考えると、たとえ上空の“制空権”を米国シリコンバレー勢に握られていたとしても、地上のものづくりの現場ではそれなりの戦い方ができるでしょうし、日本も低空層ではまだまだ勝負の余地があります。インダストリー4.0がターゲットにするのも実は低空層で、先行するドイツ勢を含め、これから世界規模で低空層の主導権争いが起こりそうです。

インタビューに応じる藤本隆宏氏

現場に最適なデジタル技術の活用でものづくりの課題を解決

――日本の製造業が抱える問題や課題解決のために効果的だと思われる、産業のIoTに関する事例をいくつか教えてください。

藤本:自動車メーカーA社の国内エンジン部門では、多能工の作業者を、ロボットシステム設計の知識をもつよう育成しました。現在ではそれら作業者でつくったロボット開発チームが、人協調型ロボットの開発に当たっています。このロボットは、現場作業者の作業負荷のばらつきを補正する役割を担うもので、本社の生産技術者だと発想が出づらい「作業者を助けるシンプルな組立自動化」の例といえます。

一方、自動車メーカーB社は、プレス工程で鋼板シート投入の直前に、投入材のゆがみなどを計測する発信機付きセンサー(IoTデバイス)を設置しました。その結果、従来の「作業後にアウトプットの不良を検知したら設備を止める」ところから、「作業前にインプットの不良を検知したら設備を止める」という一歩進んだフィードフォワード型の自働化を実現させました。クラウド層のAIに情報を上げる前に、地上や低空層で問題を解決させており、日本らしいデジタルものづくりの例です。

センサーなど産業機器を製造するC社は、各製品個体がいつどの工程を通過したかを示す、鉄道などで使われるダイヤ図のような「斜め線図」を自動作成する仕組みを導入しました。これを工場各所のディスプレイに表示することで、工場全体の付加価値の流れを「見える化」させています。それらの情報を駆使する生産管理部署は、生産設備や工程が並ぶ工場フロアの真ん中に置かれています。これは、あくまで現場密着の組織を前提にした工場デジタル化の例です。

自動車部品のD社は、現場の設備から稼働データが上がった瞬間にタグ付けされた1次元データを、パソコンを経由させイントラネットで回す、いわば回転寿司方式の現場改善サポートITシステムを自社開発しました。このタグには、現場で実際に使われている言葉のみが使われるため、現場の人間が進んで改善に取り組めるのが長所です。

インタビューに応じる藤本隆宏氏

――日本の産業のIoTに、傾向や特徴は見いだせますか。

藤本:さまざまな工程をつないでリアルタイムでデータを集めること(前述のIfT)により、工程全体から問題の原因を見つけ出し、改善の広域化につなげる。これが日本的なデジタルものづくりの一つの姿でしょう。

先に挙げた例からも明らかなように、日本の優良企業のデジタルものづくりは、テクノロジーに現場力を代替させるというよりは、補完させる色彩が強い。ものづくり現場の強い組織能力を補強する役割を担わせているのです。実はドイツでもそれを重視しています。

むろん、たとえば接着剤の配合をAI分析するなど、クラウド層のAIを活用する事例も増えてはいます。しかし主流はあくまで、現場のモノから取ったデータをできるだけ現場に近い所で活用する「低空活用型」、つまり「エッジコンピューティング型」だと思われます。

日本はインテグラル型工場のネットワークシステムで勝負

――国が提唱する「Connected Industries」を中心とした、ものづくりに関する支援策をどう評価しますか。

藤本:ドイツのインダストリー4.0は、国内向けの中小企業政策としては既に行き詰っており、日本政府もこれを真似すれば行き詰まるでしょう。

そもそも、ドイツ国内の中小企業はインダストリー4.0で「コネクテッド・ファクトリー」、つまり自動化工場のネットワークを実現させてはいません。この点、当時日本のマスコミは「実現させた」とし、事実誤認があったようですが......。

むしろ、ドイツ勢が素晴らしいのは「産業を科学化する体制」を整えている点です。彼らは新しい人工物が出現した際、それを定義する設計パラメータや測定方法、検査方法を産官学連携で素早く確立し、その後の産業競争を有利に展開させていきます。

またドイツ国内ではいまひとつのインダストリー4.0ですが、対外的にはシーメンスなど一部の企業が、中国向けの自動化工場建設を支援するデジタルファクトリー事業を大いに成功させています。この“商売のうまさ”を日本企業はドイツから学ぶべきでしょう。

インタビューに応じる藤本隆宏氏

――インダストリー4.0は対内的には失敗でも、対外的には成功しているのですね。

藤本:中国の華南の各工場は、低賃金労働力への依存から急速に自動化工場に軸足をシフトしています。そして、新規の自動化工場建設で圧倒的に採用されているのがシーメンスのデジタルファクトリー事業のシステムやSAPのシステムで、ソフトをレゴのピースのように組み合わせれば自動化工場をすぐ建設できます。これは、機能と構造が一対一で対応する「モジュラー(組み合わせ)型」製品の製造工場の自動化には適しています。

このドイツの動向により、低空層での日本企業の戦い方の方向性は決定づけられたと思います。

――それはどのような戦い方ですか。

藤本:ドイツが汎用性のあるレゴ式のモジュラー型工場を、中国をはじめ今後、世界に売りまくるというのであれば、日本の企業が目指すべきは、それと重ならないハイテク・インテグラルな製品や部品、設備の開発・生産に特化し、アメリカにも中国にもそれを売りこむ、したたかなアーキテクチャ戦略でしょう。つまり前回「日本の強み」だとお話しした「インテグラル型」製品の製造工場を念頭に置いた柔軟な工場ネットワークシステムとその標準を開発し、日本国内だけでなくそれを必要とする世界中の企業や工場に売り込むといった方向性だと思います。

しかしその際、日本の各企業が自社技術の特異性にこだわり「うちの技術は他とは違う」と言い合っていたのでは、下手をすれば草刈り場になってしまいます。システムと標準をつくるためには、固有技術の違いを超えてアーキテクチャの共通性で大同団結するという発想を産官ともにもつ必要があるでしょう。現在の日本の産業界は、プロレスに例えるなら、リング設営の段階で乱闘を始めてしまっているように見えます。リングは業界全体の協力で設営しなければ。つまり非競争領域など、連携すべきところは連携して、低空層での戦いを優位に進めていければ、日本のものづくりの未来はより明るくなると思います。

関連記事

日本のものづくり現場は衰退していないーー東京大学・藤本隆宏教授インタビュー(1)