ホテル事業者が明かすGo Toの制度欠陥。「本来の目的に遠い身内で1.3兆円を分け合うものになった」

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Go Toトラベルのキャンペーンは始まったが、お盆の帰省に関しては地方自治体からもさまざまな声が上がっている。

Shutterstock/HiRock

政府の政府の観光支援策「Go Toトラベル」キャンペーンが始まって10日余りがすぎた。当初8月中旬からスタートのはずだったキャンペーンが急遽7月22日スタートと前倒しが決まったことで、旅行業者・ホテル事業者だけでなく、利用者にも混乱が広がっている。

開始時期の前倒しによる混乱に加え、制度自体や運用の仕方に大きな問題があると指摘する事業者もいる。「HOTEL SHE, OSAKA」など全国に5つのホテルを運営するL&G Global Business代表である龍崎翔子さんに、今回のキャンペーンの問題点を聞いた。


——まず「Go Toトラベルキャンペーン」に関して、龍崎さんの考えを教えてください。

「Go Toトラベルキャンペーン」の意義は、ポジティブにとらえています。観光業界は国内数百万人が従事している一大産業で、日本経済の要となる業界です。その業界の売り上げがコロナによって約9割減の大打撃を受け、雇用調整助成金や持続化給付金などを受けながら、なんとか雇用など維持している状態です。

「Go Toトラベル」によって単にお金をばらまくだけでなく、旅行機運が高まり、旅行・観光業界の復活のきっかけになるなら有意義だと思っていました。

——龍崎さんが経営するホテルは、この間どのくらい売り上げに影響がありましたか?

4月、5月は休業したので、ほぼゼロです。「STAY HOME」期間中、さまざまな事情で家にいられない人たちのためにホテルをシェルター代わりに使ってもらおうというプロジェクト「ホテルシェルター」を利用されたお客様が少しいらっしゃった程度ですね。

HOTELSHELTERイメージ

STAY HOME期間に発足した「ホテルシェルター」プロジェクト。自宅にいることがストレスになる人たちにホテルを貸し出した。

提供:L&G Global Business

——4月から提携する宿の予約システム「CHILLNN(チルン)」を展開されていますが、こちらはどうでしたか?

「CHILLNN(チルン)」は、「未来に泊まれる宿泊券」というホテルの先払い予約プラットフォームを展開したこともあり、流通額自体が月間数千万円にのぼるなど、多くの方が宿泊業界をサポートしてくださったことに感謝しています。

——緊急事態宣言の解除後、少しお客さんは戻ってきましたか?

はい、その実感は大きいです。6月くらいから“隠れトラベラー”のような方が、ちらほらいらっしゃいました。「Go Toトラベル」は7月の4連休に合わせて前倒しされましたが、その前から予約がかなり埋まっていたので、キャンペーンが無くても旅行しようと思っていた人は少なからずいたと思います。

お客様に説明できないサービスは販売できない

——キャンペーンが約1カ月、前倒しになった影響は大きかったのでは?

はい。現場の混乱は非常に大きかったです。前倒しにより割引販売の準備が間に合わず、一旦お客様に支払ってもらった後、還付で対応することになったため、割引と還付の2つのキャンペーンが同時並行で進む形になってしまった。ホテル側にとっても、お客様にとっても手続きが煩雑で分かりづらい状況になっていることが一番の問題です。

そもそもの制度が破綻している上、問い合わせしてもつながらず、説明会も非公開で、きちんとした説明がないと準備にも入れないにも関わらず説明がされていない。お客様に対しては「不明点は宿泊施設に問い合わせてください」とアナウンスするのですが、施設側もキャンペーンの詳細が分からないので堂々巡りになってしまう。

予約サイトや旅行事業者ごとにキャンペーン予算の上限があり、どのタイミングで予算の上限に達してしまうか分からないので、ホテル側もOTA(オンライン・トラベル・エージェンシー)側も各プランがキャンペーンに該当するかお客様に自信をもって伝えられない。

私たちホテル側としては、きちんと説明できないサービスをお客様に販売することはできません。「Go Toトラベル」は旅行商品の販売促進を目的としたキャンペーンだと思うのですが、本来の目的にはつながっていないと感じています。

準備が整う前に「1.3兆円は消化されてしまう」

HOTEL SHE, OSAKA

龍崎さんの会社がプロデュースするHOTEL SHE, OSAKA。中小事業者にとって、今回のキャンペーンに参加するハードルは非常に高いという。

提供:HOTEL SHE, OSAKA

——先日noteに書かれたコラムには、龍崎さんたちのような中小事業者がキャンペーンの詳細を理解して準備が整うのは8月中旬から9月。「(キャンペーン予算の)1.3兆円は一瞬で溶けてしまう」と書かれています。

7月22日に発表された資料を見ても「穴だらけ」で、これを元に宿泊施設やホテル予約のプラットフォーム(OTAなど)がシステムの改修などができない状態です。同時に始まった事業者向け説明会は定員オーバーで入れず、電話で問い合わせしてもつながらない。

一方で、「Go Toトラベル」の事務局を受託した日本旅行業協会(JATA)や全国旅行業協会(ANTA)、大手旅行業者など7者で構成するツーリズム産業共同提案体のメンバーは、キャンペーンの制度設計にも関わっているので、私たちより早く詳細な内容を知ることができる。情報の非対称性が著しく、事務局とつながりが深い企業に有利な状態になっていることもこのキャンペーンの問題の一つだと思います

私たちのような中小事業者がキャンペーンの詳細を知り、内容を理解して準備できる前に、予算はなくなってしまうのでは、と危惧しており、システムやカスタマーサポートへの投資が無駄に終わる可能性を心配しています。

——前倒しがこれだけ混乱をきたすことは予想できたはずですよね。なぜ、旅行業界からは準備ができるまで待ってほしいという声が大きくならなかったのでしょう。

個人的見解ですが、感染が拡大する中でキャンペーン自体が中止されたり延期されたりすることを避けたかったのではないかと思います。

事務局は1900億円という大企業の年商並みの金額で受託しています。いつになるか分からない感染収束時期を見計らって延長するよりも、目先のキャッシュフローを優先したのではないかと想像しています。

龍崎さん

龍崎翔子さん。HOTEL SHE,などのホテル経営の他、「CHILLNN」も運営する。

——後ろ倒しにすると感染がさらに拡大して、キャンペーンが中止されるのでは、という懸念の声は具体的にありましたか?

ホテル業界は「Go Toトラベル」に(感染状況をみると)公に賛成とは言いづらい雰囲気が実際ありました。その一方、内心では期待している面も大きかったので、中止は避けたいという思いはあったと思います。

——キャンペーンを大々的にしなくても、予算を継続的に使う仕組みの方が一気に感染も広がらないと思うのですが、旅行業者にとってはどういう形が理想だったのでしょう?

「Go Toトラベル」のビジョンの大枠は問題ないと思っています。一気に予算を使うとしても、大企業から中小の事業者まで「よーいドン」で足並みをそろえて始められるのであれば良かったと思います。

前倒しによって制度設計の不備が露呈したことで、お客様の業務が煩雑化し、旅行していいんだ、という機運を醸成して観光業の復活のきっかけにするという目的にそぐわない形になってしまったことが問題なのです。

例えば制度設計をしっかりと行ったうえで 9月に後ろ倒しで一斉にやるのもひとつの方法だったと思います。

開始翌日に完璧な仕様でオープンした特定事業者

ホテルフロント

情報の圧倒的な不足により、利用者にもわかりづらいキャンペーンになっている。

number-one / Shutterstock.com

——キャンペーン開始から1週間が経って(取材日は7月29日)、その後変化はありましたか?

「Go Toトラベル」で、施設側が宿泊予約サイト経由以外で直接予約を受け付ける場合は、ホテルや予約サイトのどちらでもない「第三者機関」と呼ばれる指定機関と連携する必要があります。私たちも自社予約エンジンと呼ばれるホームページにつける予約サイト経由で直接予約を受けています。

Go Toキャンペーンの説明開始の翌日に「第三者機関」に認定されたあるサービスは、なぜか地域共通クーポン引換券の発行機能や給付金の送金ステータス確認機能など、キャンペーンの仕様に完全に対応したものでした。このサービスは1週間近く、「唯一の第三者機関」として認定リストに掲載されていました。

私たちも「第三者機関」にすぐ申請したのですが、現時点でまだ反映されていません(8月4日時点)。4日段階で観光協会を中心に100超の事業者が登録されており、どのような基準で許諾されているのか不明瞭なままです。

こうした中で、特定の事業者が1週間以上先駆けて認定されることで、あらゆる施設がそこに集約されるので、圧倒的な優位性を得られるでしょう。いち早く認定を受けた事業者の決済手数料は現在1.5%ですが、流通額は莫大になるはずです。

宿泊に頼らないビジネスモデルの構築を

——龍崎さんのコラムに「虚無感しかない」とありましたが、今後キャンペーンとどう向き合っていきますか?

キャンペーンが企画された当初はきちんとした青写真が描かれていたはずなのに、現状は1.3兆円という予算をいかに身内で分け合うかという状態になってしまっているというのが私の率直な感想です。

ただ、ホテル側としてはお客様により良いサービスを提供するためにもキャンペーンに乗る必要はあると思っています。いずれにせよ大金が動く状況なので、特定の事業者だけがメリットを享受する形になってはいけない。旅行気運を高めるための情報発信や事業者間の情報共有に注力していくことが大切だと考えています。

いま、私たち事業者が一番困っているのは明確な情報がないことです。現在のこの状況で、GoToキャンペーンを有意義なものにするには、ホテル事業者、旅行者それぞれへの情報発信がもっとも重要だと考えています

その一環として、私たちはnoteにコラムを執筆したり、ホテル事業者向けの非公式説明会「勝手にGOTO説明会」をYouTube liveで配信したりしています。Youtube liveに関しては参議院議員の方が制度設計の責任者に対して、説明会参加者から出た質問をしてくれるなど、ポジティブな動きも出てきています。私たちも情報収集を続け、現状の中で自分たちが何ができるかを模索しています。

一方、事業者として現状に対するもどかしい思いも正直ありますので、その思いは今後キャンペーンとは別の形で、自分たちのビジネスに昇華させていければと思っています。

旅館

龍崎さんたちは今後宿泊に頼らないビジネスモデルの構築を目指す、という。

d3sign / Getty Images

——最後に、今後もコロナは当分収束しないだろうと言われる中、龍崎さんたちの企業はどうやって生き残っていこうと考えてらっしゃいますか。

コロナがなくても、東京五輪の影響を想定して、さまざまなサービスを準備していました。五輪後、一気に市場が落ち込む可能性もあると思っていたので。実際、自社予約システム「CHILLNN」も完全に準備が整った状態でリリースでき、今まで準備してきたことが活かせると思っています。

私たちは今後、宿泊のみに頼らないビジネスモデルを構築することが重要だと考えています。例えば、コンサルやホテルを活用した空間広告、エンタメ体験など、自分たちが持つリソースを最大限に活かして、新たな価値を提供していきたいと考えています。

(聞き手・浜田敬子、構成・松元順子、浜田敬子)

龍崎翔子:L&G GLOBAL BUSINESS Inc.代表、CHILLNN代表、ホテルプロデューサー。 1996年生まれ。2015年にL&G GLOBAL BUSINESS Inc.を設立し、「ソーシャルホテル」をコンセプトにしたホテル「petit-hotel #MELON」をスタート。2016年に「HOTEL SHE, KYOTO」、2017年に「HOTEL SHE, OSAKA」を開業したほか、「THE RYOKAN TOKYO」「HOTEL KUMOI」の運営も手がける。2020年はホテル予約システムのための新会社CHILLNNを本格始動。ホテル宿泊券の販売サービス「未来に泊まれる宿泊券」や、新型コロナウイルスによって稼働率の下がったホテルと自宅が安全ではない人々をマッチングする予約プラットフォーム「ホテルシェルター」などの事業を始めたばかり。

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